わにの日々-海が好き!編

NY、DC、テキサス、コロラドを経て、大都会ロサンゼルスから、その郊外の海辺の街、レドンドビーチに移り住んだ、ぐうたら中年主婦・わにのトホホな日々

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「下流社会」の感想文 その2

 昨日わざわざリトル・トーキョーまで足を伸ばしたのは、日曜日に、リトル・トーキョーのマルカイ前に駐車場があって、お買物したらタダで停められると知ったvからと、おでんの具のスジ肉買いに、だったのですが、売ってなかった。スジ肉ないですか?って尋ねたら、お店の人が「関西の人?」って。おでんにスジ肉を入れるのって、関西人限定だったって、初めて知った。ちょっと調べてみたら、おでんの具にシューマイやトマトなんかも!うーん、目からウロコだわ… 要は、中で崩れないものなら、何でもいいみたい。トマトはちょっと勇気が要るけど、今夜はシューマイも入れてみます。卵も好きなんだけど、半熟卵にすると良いってのも初めて知った!うーん、おでん、楽しみ…と、昨日の続きはどうした!?

 さて、この本で分析されている消費社会論的に、(私が勝手に)見た、2008年の瀬のアメリカである。この本で特に取り上げられているのは、「下流」傾向が顕著に見え始めた「団塊ジュニア世代」、1971-79年生まれ。本ちょ的区分によると、私の妹がこの世代に当たり、私は一つ前の「新人類世代」になる。著者は、1955年を中流化へと向かう体制への始まり、2005年を階層化、と定義つけており、なるほど面白い、と、思うと同時に、2005年のもっと以前に日本を離れた私の、「どっか私の知ってる日本と違う」という違和感が説明されたように感じました。おでんにシューマイ、階層化の始まり。「目からウロコ」モーメントだわ。

 士農工商制度の消滅と共に始まり、戦後の民主化と共に一億層中流化の進んだ日本は、むしろ実に稀有な存在でしょう。アメリカにおける階層は、近代文明が入り込んだ時代以来、常にそこに存在し続け、現在も尚、変わることなく階層社会のままである、というのが、私の意見。一番判り易いのは、本著でいうところの「階層による居住地の固定化」でしょう。ハーレムやサウスLAがゲットーで、ビバリーヒルズはお金持ちって事は、映画やドラマのお蔭もあって、外国人ですら知っている。高級住宅地、中流ホワイトカラーの住む郊外、労働者階級の住む中小都市部、移民や黒人の多いゲットーと大まかに分けるだけではなく、私の住んでいる西LA付近だけでも、明かな階層化が見られます。全体としては中流の上エリアですが、Cというエリアは弁護士や医者の多く住む裕福なエリアで、Rはホワイトカラーの中産階級、そのまた隣のPは労働者階級エリア。道一本隔てて急に家屋のレベルが明白に変わる、この区分訳のあからさまさ。

 そしてアメリカにおける階層は、露骨に所得と連結しています。格差はそのまま、所得格差に他なりません。勿論、白人をトップに据える人種による階級も存在しますが、これは、アメリカに最初に住み着いたのが白人(英国清教徒)であるという、「ここに来た者順」の階層にも繋がります。最も、元々住んでた原住民は、階層から蹴りだされてるんだけど。英国系が一番エラくて、同じ白人でも、イタリアやアイルランドなど、後から来た系は、同じ白人内でも下のほう。昨今はそれほど聞かれなくなりましたが、WASPなんて言葉の「アングロ・サクソン」部分が、それを示しています。

 ここでアメリカの階級社会論を延々ぶってても趣旨から外れるので説明をとばしますが、現在アメリカでは、人種以上に所得が階層を形作っている、と、私は思う。特に、黒人大統領の生まれた今、この傾向は益々、進んでいくと思われます。そして、この本で言う(やっと本題に戻った)、だらだらと生きている下流階層…日がな一日ぼんやりと道に座っている壮年期の黒人男性、ラジカセから大音響で音楽を鳴らしながらいくあてもなく歩き回る若者、これらは1980-90年代の典型的黒人居住地域の風物詩だった(スパイク・リーの「Do the Right Thing」を思い出してください)…に、ぴったりと当てはまりませんか?

 でも、オバマは黒人若年層に希望を与えた。これは、たとえ少しづつでも、社会を回していくかもしれない。アクセクしても無駄、から、もしかしたら自分だって大統領になれるかもしれない時代になったのだから。半分黒人とはいえ、実際には白人家庭に育ったオバマ自身より、奥さんのミシェルさんの存在は大きなものです。彼女はシカゴのゲットー出身ながら、己の才覚で名門ハーバードを卒業し、弁護士になった。同じ黒人女性でも、元々の出身が裕福なコンドリーザ・ライス女史とは、スタート地点が違います。日本で「団塊ジュニア世代」が引きこもったり、ニートになったり、歌ったり踊ったりしているのとは逆に、今迄は下へと流されていきがちだった、同世代の黒人たちには、上を目指して泳ぎ始める人が増えるのではないか、という希望が、オバマ当選によって見えてきたように思います。

 そして、アメリカにおけるもう一つの「下流層」、メキシコからを中心とする移民は、アメリカ経済の悪化で国に戻りつつあるそうです。労組にがんじがらめにされた自動車産業は、国境を越えた場所で製造を続けることを検討しているという噂も聞きますが、正直、彼らの生き残る方法はこれしかないって気もする。自分ちに産業があれば、わざわざ国境越える必要はないワケです。

 以上に加え、拝金主義の極みを見せ付けた、今年後半のアメリカ経済崩壊はまた、アメリカの一層の階層社会を浮き彫りにした…という話は、また明日に。やっぱサギだろ、このブログ!?
  1. 2008/12/09(火) 22:53:03|
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