わにの日々-海が好き!編

NY、DC、テキサス、コロラドを経て、大都会ロサンゼルスから、その郊外の海辺の街、レドンドビーチに移り住んだ、ぐうたら中年主婦・わにのトホホな日々

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デスバレー国立公園とマンザナール収容所

 今日は、マーティン・ルーサー・キング牧師記念日で祭日。朝は早起きして、デスバレー国立公園を探索です。まずはモザイク・キャニオンのトレイルへ。ここのトレイル・ヘッドへは、砂利道を2マイル走ります。昨日に引き続き、酷使されるプリウス もし、ナイトライダーのキットみたいに喋れたら、私は街乗り用なんです。砂利道ゴロゴロ、砂埃モウモウを走るためにの開発されたんじゃありません。少しのガスで一生懸命やりくりしながら走っているのに、これ以上、私にどうしろというんですか!って、文句ぶーぶーかもしれない…ごめん、プリウス…

 しばらく幅の狭い岩場を歩くと、開けた場所に出ます。このトレイルには、決められた「道」がなく、好き勝手に歩けるので、とっても若息子向け。ひんやりしたつるつるの岩肌には、様々な色が微妙な模様を作り、とてもきれいです。ここが国立公園でよかった。私有地だったら、きっと、この大理石は切り出されてしまっただろうから。


こんな感じの岩場が1km弱ほど続きます。


好きな場所を歩けます…って、登ってるぞ、をい!


 開けた場所に出ても、岩を見たら上りたがる約二名は、岩場の天辺コースへ。私と上息子は、平坦な底辺コース採択。雨降ったら、ここに鉄砲水が押し寄せるんだろうな…ガクブル 途中、足長クモやビッグホーン・シープの背骨の一部、トカゲなどと遭遇。そして、ふと空を見上げると…

Rainbow Cloud
虹色の雲


 こんなの初めて見た。これが彩雲という現象なのでしょうか。私の下手な写真では判りにくいのですが、実物はもっと鮮やかでした。この雲は光が散っているように見えますが、暫く後には、濃い雲の側に丸く虹が出ている薄い雲も見えました。岩肌も空もカラフルなデスバレーv

 モザイク・キャニオンの後は、砂丘へ。ここの砂はとても粒が細かく、裸足で歩いてもフワフワで気持ちいい!私は思わず寝転び、若息子はゴロゴロ転がり、上息子は動物の足跡を見つけ、わに夫は、ひたすら頂上目指して歩いてました。ナントカと煙とわに夫。ここでは砂漠の生き物に出会うことはできませんでしたが、確かにここに生きているもの達の証拠が。

点々はカナブンみたいな虫のだと思う。長いのは…ムカデかなぁ?


 砂丘で転がること小一時間、やっと園内の中心地、ファーニスクリークへ。ここに来てやっと、ビジターセンターとレンジャー・ステーションがあります。せめて、ストーンパイプ・ウェルズにビジターセンターがあればいいのに。デスバレー紹介フィルムを見て、併設博物館を見学し、レンジャーさんに色々質問。時間がないので、いつもは必ず参加するジュニア・レンジャー・プログラムは、今回はパスです。ここには、できれば近いうちに、四輪駆動車をレンタカーして、デスバレー・リベンジしたいと思っているので、その時でいいや。レンジャーさんの、ここだけは押さえろ!トレイル、ハーモニー・ボラックスをくるりと歩いて、一路、西を目指します。

 途中、レインボーキャニオンを見渡す展望台で景色を見ていると、なにやら轟音が近づいてきたと思えば、谷間を抜けて、戦闘機が!うひゃー!かっこいー!!また返ってこないかなぁ、と、耳を澄ましていたら…

来たー!

 デスバレーの南には海軍チャイナ・レイク基地、東には空軍ネリス基地があるので、その、どちらかから来たのでしょう。帰っていった方向から察するには、南の海軍基地の方かなぁ?わたしたちのたっている前で、くるっと回って、お腹側も見せてくれましたよv 

 暫し興奮した後、塩湖オーウェンズ・レイクの向こうに、合衆国本土最高峰のホイットニー山が見えます。すれ違う車も殆ど無い、真っ直ぐな道を走って、小さな街・ローン・パインへ。このすぐ北に、国定史跡・マンザナール収容所跡( Manzanar National Historic Site)があります。第二次世界大戦中、日系人が強制移住させられた10の収容所の一つ。夏は灼熱の暑さ、冬は凍える厳寒の荒涼としたこの地に建ち並ぶバラックに、銃を持った兵士が塔の上から見張る鉄格子で囲まれた、この収容所に、最初の一団が送り込まれたのは、1942年3月。以後、1945年11月の閉鎖まで、1万人を越える日系人が、ここで富士夕菜生活を強いられました。

入口のサイン


 1992年に国定史跡として指定されたこの収容所跡には、現在、教育センターが建っていますが、ここでは短編映画、「Remebering Manzanar」を、30分毎に上映しています。とても優れた作品なので、機会があれば、是非とも鑑賞してみてください。日系人が「自主的に」ここに移住を始めたと伝える当時のニュースフィルムや、ここで手厚くもてなされ楽しく暮らす人々、などといった、欺瞞に満ちたメディアに、実際に収容されていた日系の方々の声がかぶります。例えば、一世の為には日本の味を、アメリカ生まれの二世の為にはアメリカの味を、なんて伝える食事光景の下に、「熱いご飯に冷たいゼリーが乗ったような食事が出された」とか。

 ここで私が最も印象に残った展示の一つは、実はお手洗いにあります。当時の居住バラック内のトイレは、まず驚いたことに水洗式。そして、仕切も何もなく、横一列に様式便器が並んでる。日本人には「ニーハオ・トイレ」の習慣はありませんから、さぞや居心地の悪い思いをなさったことでしょう。

 収容所跡内は、車で周ることが出来ます。日本庭園の跡もあり、不自由な暮らしの中にも、美しさや安らぎを求めて、自分達の暮らしを少しでも心地良いものにしようとする日本人の心意気や自然への愛が感じられるようで、尊敬の念が沸いて出ます。そして、クライマックスは矢張り、シエラネバタを背に立つ、ここで亡くなられた方々のための慰霊塔です。さぞや無念であったことでしょう。日本人として、手を合わさずにはいられませんでした。
P1010566.jpg
  1. 2009/01/19(月) 22:00:17|
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