わにの日々-海が好き!編

NY、DC、テキサス、コロラドを経て、大都会ロサンゼルスから、その郊外の海辺の街、レドンドビーチに移り住んだ、ぐうたら中年主婦・わにのトホホな日々

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San Pedro: サン・ペドロ、日系人哀歌

 私の住むレドンドビーチから、くるりと半島を回った南の港街、サン・ペドロへ行きました。まずは、かつてのフェリー乗り場の建物を使った、ロサンゼルス海洋博物館を見学。数多くの模型や、様々な時代の羅針盤など、地味ながらも、なかなかに面白い博物館です。その後は、魚市場に行って新鮮な魚を…のつもりだったのですが、フィッシャーマンズ・ワーフと間違えて逆方向に行ってしまったので、その名も、Nagoya Way上にある魚市場には辿り着けず。マグロのお刺身目指して、ちゃんと、クーラーも持っていったのになぁ…orz

 でも、逆方向に行ってしまったお陰で、橋を渡って、ターミナル島を走ってみることが出来ました。この12平方キロ弱の人工島は、今では、ロサンゼルス港と、隣接するロングビーチ港のコンテナ島ですが、第二次世界大戦前は住民の99%が日本人移民という漁村でした。隔離された環境のため、ここに住む人々の間には、独特な文化や言葉が育っていたそうです。それが、真珠湾攻撃を受けて、48時間以内に島を撤去し、強制収用所に向かえとの大統領命令で、島民は住み慣れた村を後にしなければならなかったのです。やっと2002年になって、当時の住民の子孫によって島の端っこに記念碑が建てられましたが、見つけるのは困難と聞いていたので、探してみませんでした。美しいトマス・ビンセント橋を渡って、島に入ると、最初に出会うのは、何と刑務所。漁から帰ってきたら、いきなり荷物を纏めて島を出て行け、と、追い出された日系人達の故郷は、今や住む者は刑務所の中の囚人だけかと思うと、泣けてきました。ターミナル島の日系人については、このサイトをご参照ください。


クレーンと椰子の木のそびえるターミナル島


 その後は、魚市場が見つからないので、水族館に行ってみました。カブリロ海洋水族館は、寄付によって経営され、海洋生物の調査と保護を使命としています。巨大水槽や、珍魚はないけど、この、南カリフォルニア沿岸と近海に住む生き物達の展示が充実し、いつも、どんな魚がいるのかなぁと思いながら海を眺めていた私は、とても興味深く観察できました。桟橋の下はこうなっている、の水槽は、特に面白い。どうなってるのかなー、きっと色んな貝やヒトデがくっついてんだろなー、って思ってたの。好奇心が満たされて、余は満足じゃ

 帰り道には、ポイント・ファーミン灯台へ。ちょうど、最後のツアーが出るところで、滑り込みました。今は、灯台としては稼動していませんが、ビクトリア調の建物の中には、当時の家具などが配され、前世紀前半の燈台守の暮らしぶりが偲ばれます。この灯台は、両親から引き継いだオースティン姉妹によって管理されていましたが、第二次世界大戦を受けて、海軍に徴収され、海を照らす灯りの替わりに、日本軍の来襲を察知するためのレーダーが設置されたのでした…
FerminLH.jpg
優雅なポイント・ファーミン灯台

 

おまけ、サン・ペドロの第一番倉庫。なかなか良い雰囲気です。
  1. 2009/11/21(土) 22:15:29|
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