わにの日々-海が好き!編

NY、DC、テキサス、コロラドを経て、大都会ロサンゼルスから、その郊外の海辺の街、レドンドビーチに移り住んだ、ぐうたら中年主婦・わにのトホホな日々

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442日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍

 朝、わに夫はオフィスへ、息子たちは学校へと去った後、居間のカーテンを引いて、一人ひっそりと映画鑑賞しました。TVの前に正座して観たのは、ロサンゼルス在住日本人のブログは数々あれど、その中でぶっちぎりの最高人気を誇る「Dream on @ LA」のブロガー、Lisakyさんにお借りした「442日系部隊・史上最強の陸軍」のDVDです。Lisakyさんが、上映会でこの映画を鑑賞なさった際の記録は『映画442 感動!★Movie 442 Great Movie!』にて、映画の詳細と多くの写真と共に紹介されていますので、ご参照ください。上映会の時の、鈴木じゅんいち監督と奥様の榊原るみさんのお写真も見れますよ~

 私が442部隊のことを初めて知ったのは、LAに越してきた最初の夏、日系フリーペーパーに掲載されていた、元442部隊のメンバーだった方々(映画に登場する方々と重なってたと思います)のインタビューを交えた記事でした。スミソニアン・アメリカ歴史博物館内にある、第二次世界大戦中の日系人収容所に関する展示で、ヨーロッパで活躍した日系人部隊があったことだけは知っていましたが、米国史上最も多くの栄誉を得た部隊であることや、その任務の熾烈さ故に死傷者率が以上に高かったことなどは、この映画で初めて知りました。そういえば、80年代の映画「ベスト・キッド」のミスター・ミヤギは、442部隊の生き残りでパープルハート受賞者であり、ダニエルが、箱の中に仕舞い込まれていた勲章を見つけて驚く、という場面がありました。

 映画は、生存する退役兵のインタビュー、そして、442部隊が激戦の末に解放したフランスのブリュイエール村での記念式典の様子を、当時のフィルムをふんだんに交え、442部隊が如何に勇敢に戦ったか、華々しい戦績を上げたかを、時間を追って紹介していきます。主にリトアニアのユダヤ人が収監されていたナチスのダッハウ強制収容所を解放したのは実は、この442部隊中の一連隊である第552野戦砲兵大隊であることや、その事実は1992年になるまで公表されなかったことなど、興味深い事実が次々と紹介されます。激戦地ブリュイエールの森を再訪した退役兵の皆さんが、皆80歳を超えた高齢にも拘らず、矍鑠と森を良く姿には、さすが若い時の鍛え方が違うだけあると感心。

 ですが、この映画の白眉は、主に部隊の功績を紹介する始めの3分の2の部分ではなく、その後の442部隊を追った最残り30分間だと思います。戦後65年を経て、未だ心に傷を追った退役兵達。ジョージ・サカト氏は、生存する442部隊兵の中でも、最も多くの戦績を挙げた栄誉ある兵士の一人ですが、映画の終盤で、自分が傷つけた若いドイツ兵のことを語る場面があります。両足を撃たれたドイツ兵は助けを求めて叫び声を上げますが、友軍の救援は来ません。彼は、見方に見放された絶望と不詳の痛みに耐えかね、手榴弾で自害します。「私が勲章を纏っているのは、そのドイツ兵をも含めた帰ってこれなかった兵士たちのためです。」サカト氏の言葉です。なんと大きな心なのでしょう。サカト氏のこの言葉に、武士道の何たるかを教えられる思いです。

 「人は私をヒーローだといいますが、私はより多くの人を殺しただけです。私はヒーローではありません」これもサカト氏の言葉ですが、それは、他の方々にも共通の思いです。ハワイ州議員で日系人の星の一人、ダニエル・イノウエ議員もまた、かつて442部隊に所属していた一人ですが、「何人殺したか…それは私だけの秘密です。死ぬまで誰にも言うつもりはありません」老獪な政治家が浮かべる複雑な表情は、イノウエ議員がそれまで笑みを絶やさなかっただけに、一層、心に突き刺さる何かを感じます。

 多くの442部隊の戦死者が眠るイタリアの米軍戦没者墓地を訪れた元部隊員の方が、アメリカ政府が、このように整然と墓地を保ち続けてくれている事に感激すると共に感謝します、と語る場面があります。家の名誉にかけて、日本とアメリカの両国を背負った彼ら同様、日本を背負って戦い散った方々の安息の地です。この場面に私は、日本を背負って戦った人々のことを思わずにはいられませんでした。靖国で会おう、を合言葉に特攻していった若者たち。今の日本があるのは、彼らのお陰でもあるはずです。なぜ日本の最高指導者である首相や閣僚が、そんな彼らの御霊を祀る神社への参拝を、他国に遠慮して取りやめねばならぬのか。こういう事書くと、またネトウヨだ!って怒られそうですが、敗戦国だから、自分の国のために亡くなった方々に感謝してはいけないの?ドイツやイタリアは、どんな第二次世界大戦の戦死者をどう扱っているのか、気になります。

 ところで、ハワイで最初に442部隊が編成された際、その第442連隊戦闘団第100歩兵大隊の中には、後に非白人で初めて戦闘部隊を率いた、韓国系アメリカ人のキム・ヤンオク陸軍大佐が含まれていました。その由来から他の兵士との摩擦を懸念した上巻は、別の部隊への移動を勧めたそうですが、キム氏は、「ここには日本人も朝鮮人もいません。我々は皆アメリカ人です」と拒んで、他の日系人兵士と共に戦い抜きました。この精神もまた、称賛に価するものです。

 そして、日系人兵士に対し、「貴殿らはアメリカ人であるから、アメリカのために戦え」との書簡を送ったという山本五十六大将。日本人のくせに日本に楯突くのかと、精神的に追い詰めることも出来たでしょうに、二主に仕えずの精神で、敵に塩を送った日本軍人にも、感銘を受けざるを得ません。


 ところで、蛇足ではありますが、作品中で気になったことがあります。ブリュイエール再訪の様子を写すフィルムの中で、森に向かうハンビーに、サザンクロスの南軍海軍旗(Rebel flag)が翻ってた。これは一般には、保守的な南部人の南部の人種差別と白人至上主義の象徴と見られる、人種差別と戦った日系人部隊の精神には似付かわしくないもの。なんで、あの旗が映ったのかな??戦線を突破し、ローマを解放したのは、この442部隊の功績に負う所が大きいにもかかわらず、ローマに入場できたのは後から来た白人の戦車隊だったという、何とも悔しい場面があります。でも、ふと思ったのですが、黒人兵はどうだったのでしょうか?

 本作品のエンディングロール中で、9-11以降のアメリカでモスリムへの反感が高まりつつあることが触れられます(白人のお嫁さんに言わせるとこがアザトイw)。第二次世界大戦は、それまでの一部の人間が自分達の利害に一般人を巻き込んだ戦争ではなく、国民感情が引き起こした戦争でした。ナチスもファシストも、そして日本の軍国主義も、先導された結果とはいえ、国民が選んだのですから。ゲーリングは、「戦争を起こすのは簡単だ。祖国が危機に瀕していると国民に繰り返し訴えれば良い」と言ったそうです。繰り返し、我々はテロリストから狙われている、危機に面していると訴え続けてイラクに攻め込んだ破政権は、正にこの言葉を踏襲したものです。


 ともあれ、この映画は若い人にこそ見て欲しい。かくも誇り高き先人たちの存在を知るとともに、彼らに宿る日本の心を感じ取って欲しいと思います。先の10月5日、オバマ大統領は、第442連隊戦闘団に対する米国議会金メダル授与に署名しました。映画は、小雨降る中、442部隊を迎えたトルーマン大統領が「貴殿らは人種差別と祖国を守る戦いの両方に勝利した」と述べるシーンで締め括られます。戦後65年を経た、遅すぎる栄誉ではありますが、今、こんな時だからこそ、敵性外国人と呼ばれながらも、連合軍の一員として死闘を繰り返した442部隊の功績は、注目されるべきだと思います。


「Toyo's Camera」も観たいわ
  1. 2010/10/25(月) 23:36:01|
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